「利益はあるのに手元に現金がない」のはなぜ?

「毎年、家賃収入の総額はほとんど変わっていないはずなのに、なぜか手元に残るお金(手取り)が年々減っている気がする…」 「税理士さんからもらった決算書では利益が出ているのに、通帳残高は一向に増えていかない。これはどういうことなんだろう?」
賃貸経営を長く続けているオーナー様から、私はこのような深刻なご相談を数多くいただきます。これは、決して気のせいではありません。むしろ、経営が順調に進んでいる物件ほど、ある時期から必ず直面する「資産形成の落とし穴」なのです。
この違和感の正体は、会計上の「利益(所得)」と、実際にオーナー様のお手元に残る「手取り(キャッシュフロー)」が、時間とともに大きく乖離してしまうことにあります。このギャップこそが手取り激減の根本原因であり、その原因はシンプルに「税法上の経費が減ってしまうこと」と「現金の支出が増えてしまうこと」が同時に起こるためなのです。
このコラムでは、複雑に感じるこの仕組みを、賃貸経営オーナー様が「なるほど!そういうことだったのか」と深く納得できるよう、具体的な流れに沿って解明していきます。
【根本原因1】最大の節税効果「非現金経費」の消滅
減価償却費の「魔力」と「終了」 非現金経費が消えるとどうなるか?
賃貸経営の税務上の仕組みの中で、最も強力な節税効果を発揮するのが「減価償却費」です。
ご存知の通り、これは「実際には現金が外に出ていかないのに、経費として認められる」という特殊な費用。購入時に大きなお金を払った建物の取得費用を、耐用年数に応じて毎年分割して経費にするという仕組みですね。初期の経営段階で赤字を出したり、所得を大きく圧縮したりする、まさに「魔力」のような節税の柱でした。
しかし、この減価償却費には必ず「終わり」がやってきます。建物の構造や築年数に応じて定められた償却期間が満了すると、この非現金経費が急激に減少、あるいは完全にゼロになってしまうのです。
経費が減るということは、その分、会計上の所得(利益)が大きく増えることを意味します。現金収入は変わらないのに、非現金経費が消滅したことによって、課税対象となる所得が一気に跳ね上がり、結果としてオーナー様の税金負担も急増してしまうメカニズムです。
最大の問題現象「デッドクロス」 税金がローン元本返済額を上回る瞬間

減価償却費の減少によって税金が増え始めると、賃貸経営に特有の非常に危険な現象が発生します。それが、今回のテーマである「デッドクロス(Dead Cross)」です。
デッドクロスとは、平たく言えば「税金の支出が、ローンの元本返済額を上回る」現象を指します。税金は当然、手元の現金から支払う「現金支出」です。この税金の現金支出が、ローンの元本返済という「経費にならない現金支出」と合算されることによって、手元に残る現金を激しく圧迫し始めます。
デッドクロスの構造
初期:減価償却費(大)>税金(小)
後期:減価償却費(小)→ 所得増 → 税金(大)
この瞬間、「元金返済額 + 大きく増えた税金」の総支出が、残った家賃収入を上回り、オーナー様の手取り(キャッシュフロー)が急激にマイナスに転じる構造になってしまうのです。これは、キャッシュフローの「死の交差」であり、早期の対策が必要です。
【根本原因2】経費とならない「現金支出」の増加
デッドクロスを招く原因は、税金が増えることだけではありません。経費にならない「現金支出」が同時に増えることも、オーナー様の手取りを激減させる大きな要因となっています。
ローンの元本返済:払っても経費にならない最大の現金支出
賃貸経営における最大の現金支出といえば、毎月のローン返済です。しかし、このローン返済額のうち、元本部分が税法上、経費として認められません。
なぜなら、元本返済とは「借金(負債)を減らし、将来の自分の資産を確実に手に入れるための行為」であり、資産を形成するための投資行為と見なされるからです。所得を生み出すための「費用」ではない、ということです。
所得がどれだけ多くても少なくても、この経費にならない元本返済という「現金支出」がある限り、手元の現金は確実に減っていきます。返済が進むにつれて元本返済比率が高まるため、この「非経費の現金流出」が増加し、オーナー様の手取りを直接的に圧迫していくのです。
ローンの利息減少:返済が進むほど経費が減り、税金が増える
ローン返済の内訳を見ると、返済期間が長くなるにつれて、支払う金額全体に占める利息部分が減り、元本部分が増えていくのが一般的です。
この利息部分というのは、銀行に支払う「コスト」ですから、税法上は経費(損金)になります。ところが、返済が進むと、この経費になる利息が年々減少していきます。
ここが、キャッシュフローを悪化させる二重の罠となります。
① 経費になる利息が減ることで、その分所得が増え、税金が増加します。
➁ 代わりに経費にならない元本が増えるため、手元から出ていく現金支出が増加します。
このように「経費が減る」と「非経費の現金支出が増える」という二重構造が、デッドクロスを招き、手取り激減を決定的なものにしてしまうのです。
【隠れた原因】ランニングコストの増加と税率の上昇
デッドクロスを引き起こす大きなメカニズムに加え、築古物件ならではのコスト増と、所得税の構造そのものが、オーナー様の手取りをさらに目減りさせます。
築古物件の「真のコスト」:突発的かつ高額な修繕費用の発生
築年数が経過すると、建物や設備の老朽化は避けられません。給湯器の交換、エアコンの故障、外壁の大規模な修繕など、突発的かつ高額な修繕費用が避けられないランニングコストとして発生します。
これらの修繕費用は、確かに税法上は経費(損金)として計上できます。しかし、それは会計上の話に過ぎません。突発的な修繕は、一度に多額の「現金流出」を伴います。利益は出ていても、手持ちの現金を大きく減らすため、キャッシュフローは急激に悪化してしまうのです。デッドクロスで税金が増えている時期に、こうした高額な修繕費用が重なると、オーナー様の手取りは一気に底をついてしまいます。
所得税の累進課税の罠:節税が切れると税率が跳ね上がる
最後に、日本の所得税の仕組みそのものが、手取り激減を加速させている可能性があります。
日本の所得税は、所得が多いほど税率が高くなる「累進課税」を採用しています。デッドクロスによって賃貸経営の所得が黒字化し、それがオーナー様の給与所得(サラリーマンオーナーの場合)などと合算された結果、個人の所得全体が跳ね上がる事態が起こります。
その結果、それまで適用されていた税率の段階が一気に上がり、単に所得が増えた以上に、税率が上がった分まで税負担が増加している可能性があるのです。賃貸経営は、個人の所得全体のマネジメントと切り離して考えることはできません。
手取り減少への具体的な対策 今すぐできる2つの見直し
ここまで見てきたように、オーナー様の手取り激減は、非現金経費(減価償却費)の消滅による課税所得の増加と、経費にならない現金支出(元本返済)の増加の合わせ技が原因でした。
この問題を放置せず、積極的にキャッシュフローを改善していくために、今すぐできる具体的なアクションを2つご紹介します。
対策1. 資金調達の見直し(金利交渉・借り換え)
デッドクロスの問題は、元本返済という「経費にならない現金流出」に起因します。金利交渉を行ったり、ローンの残存期間を延長して借り換えたりすることで、毎月の元本返済額を圧縮することができれば、手取りをすぐに改善することができます。
対策2. 次の節税策の検討(売却・買替・リノベーション)
デッドクロスを回避するには、新たな減価償却費を生み出す必要があります。例えば、収益改善を兼ねた大規模なリノベーション(建物の評価を高め、償却費を再計上できるケースがあります)や、物件の売却・買替による減価償却の「リスタート」といった、専門的な対策が選択肢に入ってきます。
賃貸経営は専門的な判断が多く、税理士任せで問題ありませんが、ご自身のキャッシュフローの「仕組み」を理解しているオーナー様こそが、最も有利な経営判断ができます。今日の内容を元に、ぜひ担当の税理士に具体的なシミュレーションを依頼し、デッドクロスを乗り越える次の一手を打っていきましょう!














