なぜ「市街化調整区域の土地」はやっかいなのか
「親から相続した土地があるけれど、建物が建てられないと言われた」
「固定資産税ばかりかかって、どうにもならない」。
そんな声を聞くことは少なくありません。
こうした土地の多くが、いわゆる市街化調整区域にあります。
市街化調整区域とは、都市の無秩序な拡大を防ぐために、建築や開発が制限されているエリアです。
同じ田畑や空き地でも、「建てられる土地」と「建てられない土地」では、評価も使い道もまったく違います。
相続の場面では、「評価が低くて税金が少ない」というメリットがある一方で、“売れない・使えない・放っておけない”という負担面も表に出ます。
つまり、扱い方次第で「節税になる土地」にも「家族の重荷」にもなる。
このコラムでは、そんな土地をどう評価し、どう扱い、どう引き継ぐかを、わかりやすく整理します。
市街化調整区域とはどんな土地か
土地は都市計画法によって「市街化区域」と「市街化調整区域」に分けられています。
市街化区域はインフラを整備してまちづくりを進めるエリア、
調整区域は“できるだけ開発を抑えるエリア”です。
都市を外に広げすぎないための“ブレーキゾーン”のような役割を果たしています。
このため、調整区域で建物を建てるには自治体の許可が必要です。
例外的に建築が認められるのは以下のようなケースです。
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昔から家が建っていた「既存宅地」である
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農家が自宅や納屋を建て替える場合
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地域住民の生活に不可欠な施設(診療所・介護施設など)
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公共性のあるインフラ施設(電力・通信・交通関連)
ただし、これらの条件や審査基準は自治体によって異なります。
同じような土地でも「隣の市では建てられるのに、うちではダメ」ということが実際に起こります。
市街化区域との違いを理解する
| 区分 | 開発の可否 | 評価額の傾向 | 売却のしやすさ | 主な用途 |
|---|---|---|---|---|
| 市街化区域 | 建築可 | 高い | 高い | 住宅・商業・業務 |
| 市街化調整区域 | 原則不可 | 低い | 低い | 農地・資材置場など |
調整区域は「制約が多い・評価が低い」反面、税金負担を軽くできる可能性がある土地です。
大切なのは、「評価が低いから放置」ではなく、「その低さをどう活かすか」という考え方です。
相続税評価の仕組みを知っておく
市街化区域の土地は「路線価方式」で評価しますが、調整区域は「倍率方式」が一般的です。
倍率方式とは、固定資産税評価額に国税庁が定める倍率を掛けて評価額を出す方法です。
たとえば、
固定資産税評価額が500万円で倍率が1.1なら、相続税評価額は550万円。
同じ面積でも、市街化区域では1,000万円以上の評価になることもあります。
つまり、評価が半分程度に下がることも珍しくありません。
減価要因を見逃さない
調整区域の土地は、「使えない」「売れない」など個別の制約が多いのが特徴です。
評価を下げる要因(減価要因)として、以下のような点があります。
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再建築不可(道路に2メートル以上接していない)
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崖地・不整形地で利用が難しい
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周辺需要が乏しく、売却が困難
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農業振興地域に含まれ、転用できない
これらを資料として整理しておくと、評価の妥当性を主張できます。
単に倍率を掛けるだけで終わりにせず、「なぜその評価が妥当か」を明確にしておくことが重要です。
メリットとデメリットを冷静に比較する
調整区域の土地を相続するメリットは、
①相続税が低い、②固定資産税が安い、③将来的に価値が上がる可能性がある、の3点です。
一方のデメリットは、
①建築ができない、②売却が難しい、③管理コストがかかる、④共有相続になると動かせない、という4点です。
「節税にはなるが、現金化しづらい資産」。
これが市街化調整区域の土地の本質です。
相続したら終わりではなく、“どう管理するか”が始まりになると考えておきましょう。
建てられない土地でもできる活用法
建築ができないからといって、土地を完全に眠らせる必要はありません。
建築確認を伴わない軽微な利用であれば、十分に活用の余地があります。
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青空駐車場:砂利敷きでも可能。初期投資が少なく済む
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資材置場やコンテナ貸し:工事業者のニーズが高い
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太陽光発電:許可が取れれば長期収入が見込める
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市民農園:地域貢献と維持費削減を両立
ポイントは、「収益を上げる」よりも「維持コストを減らす」発想。
マイナスを減らすことが、立派な活用です。
売却・処分を考えるときのコツ
調整区域の土地を買いたい人は限られています。
最初に検討すべきは隣地所有者です。
隣の農家や企業が、通路拡張や倉庫用地として必要としていることがあります。
また、地元不動産会社とつながっておくと、「まとめて購入したい業者」などに出会えることもあります。
価格が低くても、「動かない土地を動かす」ことが大切です。
どうしても使えない場合の選択肢
「使い道がない」「家族も引き継ぎたくない」。
そんなときは、相続放棄や**国庫帰属制度(令和5年開始)**も選択肢です。
国庫帰属制度は、条件を満たせば国が引き取ってくれる制度で、
境界確定や残置物撤去などが必要ですが、維持コストから解放されます。
「手放す勇気」も、立派な相続対策の一つです。
将来の変化に備える ― 市街化区域への編入
都市計画では、おおむね10年ごとに“線引き見直し”が行われます。
人口増加や開発需要によって調整区域が市街化区域に変わることがあり、
このとき建築が可能になると、地価が数倍に跳ね上がることもあります。
ただし、個人の申請では動かせません。
重要なのは、「都市計画マスタープラン」を定期的に確認すること。
道路拡幅・鉄道延伸・公共施設整備などが進んでいる地域は、将来の編入候補地になりやすい傾向があります。
また、変化に備えて測量や境界確定を済ませておくことも大切です。
いざ価値が上がったときに権利関係が曖昧だと、チャンスを逃します。
共有トラブルを防ぐ ― 分け方と責任の明確化
調整区域の土地は現金化しづらく、兄弟などで共有すると処分できなくなることがあります。
「誰も使わないけど、誰も売りたくない」という状態は最も危険です。
対策としては、
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遺言書で分け方を指定する
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民事信託を活用して管理・処分権を委任する
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生前贈与で早めに整理する
“誰が責任を持つのか”を明確にしておくことが何より重要です。
生前にできる3つの準備
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現状を正確に把握する
登記簿・公図・評価証明書を取得し、地目・面積・接道状況を確認。 -
用途制限を調べる
市役所の都市計画課で建築許可の有無を確認する。 -
承継の仕組みを決める
贈与・法人化・信託など、次の世代に迷惑をかけない方法を検討する。
農地が含まれる場合は農業委員会の許可も必要です。
書類確認だけでも早めに行いましょう。
相続発生後の対応ポイント
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固定資産税評価証明書・登記簿・公図を確認
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評価方式(倍率 or 路線価)を明確に
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建築・転用の可否を自治体に確認
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活用・売却・放棄の方針を家族で協議
一番避けたいのは「何も決めず放置すること」。
放置すれば、固定資産税と草刈り費だけが毎年積み重なっていきます。
調整区域の土地を「負担」から「戦略資産」へ
調整区域の土地は扱いづらい資産ですが、正しい知識と早い判断があれば十分に守れます。
都市の拡大や再開発によって価値が変わる可能性もあります。
大切なのは、
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評価を理解する
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活用・処分を明確にする
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将来変化を意識する
この3つを意識することです。
今日からできることは?
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市役所で都市計画図を確認する
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固定資産税評価証明書を取得する
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隣地所有者を調べる
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家族と話し合う時間を取る
どれも小さなことですが、この一歩が大きな安心につながります。
市街化調整区域の土地は、「評価が低い・売れない・使えない」と思われがちです。
しかし本当の問題は、“土地”そのものではなく、“情報と判断の遅れ”にあります。
動かせる人だけが、その土地の可能性を引き出せます。
今日からできる一歩を踏み出し、「負担」だった土地を、「安心して受け継げる資産」へと変えていきましょう。














